プラザ合意とお金の流れ

ここ数十年の為替の歴史の中でプラザ合意ほど大きなお金の変動を引き起こしたものはありません。ドル安への大きなうねりがここから始まりました。85年9月22日、米国ニューヨークのプラザ・ホテルでG5が開催され、それまでG5は極秘に行われていましたが、初めてその姿を現したのがプラザでの会議でした。

プラザでは米ドルの過大評価を修正する方法が議論されました。アメリカではレーガン大統領が政権の座にあり、彼は軍備拡大とレーガノミクスと呼ばれる新しい経済政策で経済の活性化を図ろうとしていました。このレーガノミクスは失敗し、その結果、貿易赤字と財政赤字が増大しました。

特に、日本は83年に560億ドルと史上最大の黒字を記録、その8割が対米貿易からでした。アメリカではインフレが金利高騰を招き、これが世界の運用資産を吸収したからドル高になりました。この経済実態に合わないドル高を是正するために円高にしようとしたのがプラザ合意でした。プラザでの議論はドル安のための介入をどのようにするか、為替の調整をどこまで行うか、介入資金を各国どのような分担で行うかというものでした。プラザ合意以前は1ドル=239円程度だったので、1ドル=200円の水準は20%程度の切り上げを意味し、ドル暴落の懸念もアメリカから表明されたことで、必要に応じてドルの買い戻しをすることも容認されました。

gTCg